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斉藤由貴離婚していた 所属事務所「事実」と認める、今年春ごろ、30年の結婚生活にピリオド

女優の斉藤由貴(58)が今年春ごろに離婚していたことが21日、スポーツ報知の取材で分かった。複数の関係者によると、互いが納得した上で別々の道を歩んでいくことを決断したという。

所属事務所は本紙に「離婚は事実です」と認めた。「プライベートは本人に任せています」とし、慰謝料の有無、財産分与などに関しては明らかにしない。

斉藤由貴、「一線は?」に不快感 W不倫報道受け会見 | Daily News | Billboard JAPAN

斉藤は1993年に友人の紹介で夫と知り合い、翌94年に都内の教会で電撃結婚し、話題を呼んだ。99年に長女で女優の水嶋凜(25)が誕生。2003年に長男(21)、04年に次女(20)が生まれた。30年近い結婚生活にピリオドを打ったが、斉藤の知人は「3人の子どもたちが成人したことも、大きかったのではないか」と心情を代弁した。

近年は、17年に横浜市在住の50代(当時)の医師とのダブル不倫が報じられた(その後、医師は離婚)。今年9月に、女性週刊誌にこの医師との関係が続いていたと報じられていた。  斉藤は今年デビュー40周年。「マッチング」「変な家」など複数の映画に出演し、10日に最終回を迎えたTBS系「あのクズを殴ってやりたいんだ」で主人公の母親役を好演。女優として出演オファーが絶えない状況が続く。  加えて、来年は歌手デビュー40周年。デビュー記念日の2月21日から40周年記念の全国ツアーが控えている。「YUKI’S TOUR ONE・TWO」以来36年ぶりのホールツアーになるが、心機一転、吹っ切れた姿が見られそうだ。

画像・写真 | 斉藤由貴“3度目の不倫”質問に困惑「何て言っていいのか…」 1枚目 | ORICON NEWS

◆斉藤 由貴(さいとう・ゆき)1966年9月10日、神奈川県出身。58歳。84年「ミスマガジン」グランプリ。85年「卒業」で歌手デビュー、フジ系「スケバン刑事」で連ドラ初主演、「雪の断章―情熱―」で映画初主演。86年NHK連続テレビ小説「はね駒」のヒロインを務め、その年の紅白歌合戦初出場(紅組司会も担当)。2006年にTBS系「吾輩は主婦である」主演。17年映画「三度目の殺人」でブルーリボン賞助演女優賞。161センチ。

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「長男は毎晩ぬいぐるみを涙で濡らし…」急逝の中山美穂さん、辻仁成氏との離婚で“母子断絶10年” 残された遺産の行方

駆け抜け、“ミポリン”の愛称で呼ばれた彼女がこの10年、ずっと想い続けていたのが一人息子の存在だった。 2002年に芥川賞作家でミュージシャンの辻仁成氏(65)と結婚した中山さんは、2004年に長男を出産。2014年の離婚以降、長男と会うことは叶わなかった。しかし、葬儀を終えた中山さんの妹で女優の中山忍(51)は以下のようにコメントした。 《何より姉が幸せを願ってやまない愛する息子と、再会の時間を持たせてあげることができました。手を繋ぎ、そっと寄り添う2人の姿は、とてもとても幸せなものでした》 中山さんの訃報後、20歳となった長男はパリから駆け付け、亡き母と10年ぶりの再会を果たしていた。なぜ、母と子の再会に10年という長い時が経ってしまったのか。 「中山さんは辻さんと結婚後、フランス・パリに移住しました。しかし、離婚協議中の2014年5月に音楽家の渋谷慶一郎氏との密会が報じられました。彼女はのちに“親権を譲ることが離婚の条件だった”と明かしていますが、一部からは『自分勝手』『恋愛依存体質』などと彼女の選択に批判的な声が上がりました。“家庭を捨てた母”というイメージが残り、芸能活動に支障もあったようです」(スポーツ紙記者) 2014年7月に離婚が成立し、親権を取った辻氏は離婚当時の心境を自身のブログでこう綴っている。 《ぼくは幼い息子の手を引いて、とにかく、世界中を旅しました。そうすることで、強くなれる、としんじていたようなところがあります。離婚の直後、味方は少なかった。だから、父子のきずなを強くしないとならなかったのです。ある種残酷な世界で生きてきたので、守らないと壊れてしまいそうだったから…》 「辻さんは中山さんの不倫が報じられると、10歳だった息子さんがそういった情報に触れないように苦労したそうです。息子さんの中にある“母・中山美穂”への想いを守りたかったのでしょう。離婚を機に10歳で突然、母がいなくなった息子さんは、毎晩抱きながらテディベアのぬいぐるみを涙で濡らす日々でした。 そんな育ち盛りの息子のために、辻さんは毎朝5時半に起床してお弁当を作り続けたそうです」(芸能プロ関係者) 辻氏のブログによると、中山さんの息子は現在、身長175センチで中学と高校時代はバレーボールの大会でメダルを獲るほどのスポーツマンに成長。大学に進学した彼は「目は父親似」だという。 遺産は息子に引き継がれるか 一方、離婚後、独身生活を送っていた中山さんは、自身のバンドメンバーで9歳年下のベーシスト・永田雄樹氏と交際していたが、いつの日も息子のことを気に掛けてきた。 《次にいつ息子と会えるかは父親の判断なのですが、いつもいつも愛していることは伝えているし、できるだけそばにいることも伝えています。私にできることは限られているかもしれない。でも、できることは本当にすべてしてあげたいと思っています》(『Numero TOKYO』2015年1・2月合併号) 関係者は、中山さんには歌唱印税などの遺産が生じる可能性があると指摘する。 「1992年にリリースされ、200万枚超えるヒットとなったWANDSとのコラボ曲『世界中の誰よりきっと』の作詞は上杉昇さんと中山さんの共同名義です。彼女は1993年のNHK連続テレビ小説『ええにょぼ』の主題歌『幸せになるために』も共同で作詞を手掛けています。 また浜田雅功さんと共演した1994年のドラマ『もしも願いが叶うなら』(TBS系)の『ただ泣きたくなるの』作詞も連名で携わっています。約40年にわたる芸能活動の中で、彼女は数多くのヒット曲を歌い、20曲以上の作詞などを担当しました。それらの印税は長男にも相続する権利があるそうです」(同前) 残された遺産は愛する息子への愛の証なのかもしれない。

広末涼子が芸能界の苦悩告白も…「娘に女優をやらせたい」

俳優やアーティストをゲストに迎え、これまで語られることのなかった生き様を深掘りするYouTube番組『Short Hope』。12月22日配信回から、全5回にわたって女優・広末涼子(44)が出演することが明らかになった。離婚・事務所独立にも触れられる内容とあって、すでに大きな注目を集めている。 広末の人生は、まさに波乱万丈といえるものだろう。1994年に第1回クレアラシル「ぴかぴかフェイスコンテスト」でグランプリを獲得し、同CMへの出演で14歳にして芸能界デビュー。NTTドコモのCMで一躍人気者となり、1997年には「MajiでKoiする5秒前」で歌手デビューを飾った。同年には映画『20世紀ノスタルジア』で各映画賞新人賞を総なめ。年末には『第48回NHK紅白歌合戦』にも出場しており、1990年代後半の芸能界は“ヒロスエブーム”が席巻したといっても過言ではない。 広末人気の異様な熱狂ぶりを現しているのが、早稲田大学教育学部・国語国文学科入学時のエピソードだろう。初登校時になんと3000人もの野次馬が押し寄せ、構内が大パニックになったのだ。とはいえ仕事と学業の両立は困難だったようで、2003年に「女優業に専念したい」という理由から自主退学に至っている。 2003年は早稲田退学に加えて、わずか2カ月後の「おめでた婚」発表も大きな話題を呼んだ。約2年半前からモデル・デザイナーの岡沢高宏(49)と交際を続けていた広末は、翌年4月に第1子を出産。幸せな家庭を築いていくと思われたが、2008年に「歩幅を合わせることが難しくなった」として離婚という結末を迎えることに……。 2010年にアーティストのキャンドル・ジュン(50)と再婚し、新たに2人の子をもうけた広末。ところが2023年、週刊文春によって料理人・鳥羽周作氏(46)とのW不倫が報じられ、ネット上では 《清純派のイメージ完全になくなった》 《恋愛に奔放すぎる。絶対結婚に向いてないよ》 といった、ヒロスエブームからは考えられないようなバッシングが巻き起こった。 「2022年にベストマザー賞を獲得した広末さんですが、不倫報道から1カ月半後の2023年7月にキャンドル・ジュンさんとの離婚発表に至りました。完全に風向きが変わってしまっただけにドン底から再起をかけるしかないのですが、2024年2月には26年間所属した事務所『フラーム』を退社。広末さんの迷走を不安視する人は多く、《人間的に個人で活動するより誰かがフォローしてくれる事務所に所属すべき》という声も寄せられています」(芸能ライター) 前出の番組では「逃げたかった…」「この業界が自分に合っているのか…」と芸能界で生きていくことに不安を抱えていたことも語っているという。 一方、広末にはこんな計画もあるようで……。 2023年8月の本誌取材によると、長女を芸能界デビューさせようとしているとか。広末の知人はこう話す。 「小学2年生(当時)となる娘さんについて『将来は女優をやらせたい』と広末さんが話していました。娘さんはスラッとしていて、美人なんですよ。本人も芸能界に興味を持っているようです。 テレビを見て女優さんの演技のまねをすることもあり、そんな彼女に広末さんがアドバイスしたりしているそうです」 国民的アイドルが“ステージママ”に転身する可能性も――。 とにもかくにも、22日に配信開始されるYouTube番組『Short Hope』に注目したい。

女優・中田辻希美 “さすが芸能人”なすっぴん姿までの紆余曲折 30代まで“日焼け止めなし”で後悔も

タレントの辻希美(37)が12月17日、自身のYouTubeチャンネルを更新。17歳の長女・希空(のあ)と並んですっぴんからのメイク動画を公開した。 動画は、これからお出かけだという、ヘアバンドをしたすっぴんの辻と、顔をスタンプで隠した希空が並んでメイクをするところから始まる。 自身のメイク動画について「需要ない? もう需要ない?」と自虐気味に問いかけつつ、ベースメイクからスタート。辻が希空のチークを借りて使い、希空から「酔っ払いみたい」とツッコまれたり、塗り方を教わるなど、友達のような会話が続きメイクは完了。 その後、2人でフルーツたっぷりの朝食を取り、2人でお互いの髪をヘアアイロンなどでセットして出かけるところで動画は終了する。 母娘が終始仲良く出かける身支度をするだけのたわいもない内容の動画だが、ネット上では辻のすっぴんが綺麗だと絶賛する声が上がった。 《すっぴん綺麗》 《辻ちゃんおきれいです》 《辻希美 希空ちゃん親子揃って 超超超超超超可愛い過ぎや》 《動画を観ましたが辻ちゃんすっぴんでも充分綺麗なのはさすが芸能人だと思いました》 《でもやはり30後半でこの綺麗さ若さは毎日美容努力されての結果だし普通に尊敬できます》 辻のすっぴんが綺麗だと話題になるのは今回が初めてではない。昨年、夏の家族旅行の動画をYouTubeで公開した際も、寝起きのすっぴんが“綺麗”と評判だった。しかし、意外なことに、辻はもともと美容に関してかなり無頓着だったという。 「辻さんは12歳からアイドルグループ『モーニング娘。』として活動してきました。中学生の頃には身長150cmで体重が65kgまで増えたことがあり、痩せるために“食べないダイエット”をしたこともあったそうです。しかし、そのため肌荒れを起こしてしまったり、体調不良に陥ったこともあったそうです。荒れた肌はファンデーションを塗って隠すなどで対処し、スキンケアとは無縁だったそうです」(同前) 20歳で第1子を出産後、合計4人の子供を次々と出産。各種インタビューで、育児に追われた20代は自身のケアに気を使う余裕はなかったと明かしている。 「さらに35歳ごろまで、日焼け止めを塗ったことがなかったとも話していました。もともと肌の色が濃いめで、子どもとプール遊びなどをする夏はいつも真っ黒に日焼けするので、あまり気にしていなかったそうです。 ところが、30代に入って、肌にシミができているのを発見してショックをうけ、“10代の頃からUVケアをしておけばよかった”と後悔したそうです。それからは日焼け止めをしっかり塗るようになったそうです」(同前) 紫外線ダメージを挽回するためか、’22年には日焼け対策を目的とした美容サプリのプロデュースを手がけるなど、内側からのケアにも力を入れていった辻。 「美容のためのサプリのほか、動画で食べていたフルーツたっぷりのグラノーラもそうですが、水をたくさん飲む、アサイーなどの美容食材、野菜と鶏肉中心の食生活など、内側からの健康にも力を入れているようです。 先日も、希空さんと銀座のクリニックで“ビタミン点滴”や“白玉点滴”を受けたことが話題になっていました。美容意識の高い希空さんの存在も刺激になっているようです」(同前) 美しいすっぴんの裏には惜しまぬ努力があったようだ。

「すごい言葉で叱られた」女優・中田喜子 TBSに行くのが嫌になるほど居残りさせられた名作ドラマの思い出

「1970年代後半、TBSの木曜枠は石井ふく子先生が手がけるホームドラマ、金曜枠は辛口の社会派ドラマが放送されていました。私は金曜枠にお声がけいただく機会が多く、『岸辺のアルバム』の出演依頼もその流れだと思っていたんですが、まさかこんな暗い役だなんて、思いもしませんでした」 こう出演経緯を振り返るのは中田喜子さんだ。まず台本を読んで、悩まされたのは“不機嫌な女子大生”だった。 「役作りのため、当時、住んでいた場所の近所にあった青山学院大学に足を運んで不機嫌な大学生を探したんですが、なかなか見つからなくて……」 だからこそ、脚本家や演出家と“格闘”しながら役を作り上げていったという。 「山田太一さんの脚本は、接続詞を含めてセリフひとつ変えることができません。しかも、普通はセリフとセリフの間にト書きがあるものですが、山田さんの脚本は、セリフの中に《お茶を2回すする》などとト書きがあるんです。食事シーンが多かったので、演じるのが大変でした」 こうした細かい制約のなか、鴨下信一さんがキャラクターを際立たせるための演出を手がけた。 「鴨下さんは“この作品で認められなかったら演出家をやめる”という覚悟で臨んでいたそうです。だから、本当に厳しくて、私と国広富之さんは必ず居残りさせられました。すごい言葉で叱られたものです。高校生役の国広さんも、お茶わんを洗うシーンで『高校生が両手で茶わんを洗うか!』って怒鳴られたりしていました。今振り返るとありがたいことなんですが、当時は登校拒否のように、TBSに行く日は足が重くなってしまっていました(笑)」 山口いづみと意地の張り合いで服を脱ぎ合うシーンでは、鴨下さんから役になりきって、自分で下着を買ってくるように指導された。 「あのシーンでは下着まで脱いだように見えますが、実際は肩や胸のラインまで見えるような下着姿で、あとは買ってきた下着をお互いただ投げ合っているだけ。ちょっと興ざめですよね 象徴的なラストシーンでは、自然の演出もあったという。 「台風で家が流されてしまうシーンは、多摩川でロケーションをしたんです。実は前日が豪雨で、水位が上がっていたから、よりリアルな映像に。ドラマの評判が上がると、さまざまなものが味方するといわれているんです。これも鴨下さんの執念があったからかもしれません」 『岸辺のアルバム』(TBS系・’77年) 一見幸せそうな家族4人だが、妻・則子(八千草薫)は北川(竹脇無我)との不倫にのめり込み、夫の謙作(杉浦直樹)は人身売買に手を染めるなど崩壊寸前。多摩川の水害により家が流される場面で、4人が持ち出したのは偽りの笑顔が詰まったアルバムだった。名作すぎる! 【PROFILE】 なかだ・よしこ 1953年生まれ、東京都出身。1972年にドラマデビュー後、数多くのドラマ、映画に出演。1990年に始まった『渡る世間は鬼ばかり』シリーズには20数年にわたって出演した。また、DIYの達人としても知られている。

千葉で強盗致傷事件 相次ぐ 被害男性「命あってよかった」(2024年12月22日)

22日未明、千葉県柏市と旭市で、男が住宅に押し入る強盗事件が相次いで発生しました。1人が背中を刺されてけがをしています。 午前2時半ごろ、柏市で「家に侵入していた者ともみ合いになった」と被害者の60代の男性から110番通報がありました。 警察によりますと、1階の風呂に入っていた男性が物音に気付いて2階に向かったところ、鉢合わせた1人の男に顔を数回殴られたうえ、首を絞められたということです。 被害者 「(Q.犯人は?)2、3人。その1人と取っ組み合いした。命があってよかった」 警察は少なくとも2人で犯行に及んだとみています。 近隣住民 「パトカーの音がしていた」 「(Q.犯人まだ捕まっていない)怖いね」 また、東に60キロほど離れた旭市でも午前5時半ごろ、若い男が住宅に侵入し、室内を荒らした後、この家に住む男性の背中を刺して逃走しました。 男性の命に別状はないということです。 警察は2つの強盗事件の関連を調べています。

平原政徳容疑者“顔隠さず”マクドナルドに入店…事件前に現場周辺を車で何度も行き来 北九州中学生殺傷事件

福岡・北九州市の中学生殺傷事件で逮捕された男が、当時、現場のファストフード店に顔を隠さず入店していたことが分かりました。 14日夜、北九州市小倉南区のマクドナルドで、中学3年の中島咲彩さん(15)と男子生徒が刃物で刺され、中島さんは死亡し、男子生徒もけがをしています。 捜査本部は19日、逃走していた平原政徳容疑者(43)を男子生徒に対する殺人未遂の疑いで逮捕しました。 捜査関係者によりますと、事件発生時、平原容疑者は、帽子やマスクなどをつけず顔を隠していなかったということです。 一方で、事件前に平原容疑者の車が現場周辺を何度も行き来していた他、車内から複数の刃物が見つかっていることなどから、捜査本部は計画性の有無について慎重に調べています。  

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